久江羽の読書?日記

長々放置しておりますが、時々腐的な何かを書くと思います

真夜中に歌うアリア (キャラ文庫)

真夜中に歌うアリア (キャラ文庫)

  • 真夜中に歌うアリア

★★★★☆
春原さん芸術サイドのお話です。(積読も多いので、言い切ってはいけないと思いますが、春原さんの作品は、主に医療サイドと芸術サイドに別れますよね。)
過去にボーイソプラノで一世を風靡したものの、ワケアリで声楽界からは身を引き、音大のピアノ科で音楽教師を目指していた聖也。ある日から、彼の声楽の個人レッスンを担当することになったのは、世界的なテノール歌手・森上で、それまで一人静かに歌うことで自分を納得させようとしていた聖也を、ソプラニスタとして表舞台に復活させてしまうのでした。
13歳の頃に家族が崩壊してからは、ただ一人で頑張ってきた聖也は、しっかりしているようで脆く、大人びても見えるのに幼く純粋です。森上の自信溢れる冷静な言動に誘われて、再び思いっきり歌うことに喜びを感じ、CD発売やライブといったメジャーデビューも果たすのですが、純粋だからこそ周囲の言動に振り回され、何かにつけマイナス思考に陥ります。ここで異色なのが森上で、聖也のためあれこれと画策している割りに、本人が迷っているときには手を差し伸べようとしないのです。可愛がっていた籠の鳥をポンッと外界に放り出して、籠の中に戻ってくるのかそのまま羽ばたいていくのかは鳥に任せる、逃げてしまってもかまわないとでもいう感じです。抱きしめてキスして、行くべき道まで示してくれているのに冷ややかさを感じる森上の行動は、聖也を個人として愛しているのか、稀代のソプラニスタになりうる存在だから目をかけているだけなのか非常にわかりづらいし、聖也のほうも、尊敬できる師として身をゆだねているのか、心ごと持っていかれてしまっているのかがあやふやなのですが、作中で「オペラ座の怪人」や「トゥーランドット」の背景が語られることにより、なんとなくわかったような気がします。聖也の同級生で、既にプロ活動をしているほど才能溢れるピアノ科の学生・嵯峨がもう一人の重要な存在です。孤独な聖也の帰ってくる場所、本音で相談でき羽を休ませられる場所だと思います。森上が扉の開いた鳥かごなら嵯峨は巣でしょうか。
子供ではないんだということを自覚し、ソプラニスタとして生きていくため、森上の手のひらの上で踊るのではなく自立するため、飛び立っていく聖也です。彼の未来に幸あれ。
この作品を読んで、非常に残念だったのが、自分の引き出しの中に声楽という分野が無かったことです。本から音が出てくれれば、きっと何曲かは知っていると思うのですが、如何せん文章だけでその音楽を頭の中で組み立てることはできなくて、歯噛みしました。聖也が実際に歌っている声が聞こえたら言うこと無しだと思うのですが、せめてここで語られているのはこういう感じの曲なんだということがわかっていれば、その作品をもっと面白く読めたと思います。
お話そのものは耽美な感じで、不思議な色気が漂っていて、CD製作現場など間違いなく現代なのに違う時代にいるような、異空間を漂っている気分になりました。
森上と聖也の冷ややかなベッドシーンはありますが、このお話においては身体を繋げることそのものは大きな問題ではなかったと思います。お話の中心は聖也のソプラニスタとしての目覚めだと思うのです。この先のお話として、冷たい印象の森上と温かい嵯峨の間で、聖也がどう成長していくのか追っていくのであれば、多少の恋愛話も絡んでくるのでしょうが、それは先のことだと思うのです。

らしくない恋 (アルルノベルス)

らしくない恋 (アルルノベルス)

  • らしくない恋

★★★★☆
子供の頃から夜の世界の片隅で育ち、若くして父親を亡くしてからは後を継いでキャバレーやバーのオーナーになった土岐が、“らしくない恋”に振り回されるお話です。
経営するバーのバーテンダー・遠賀に一目惚れしてしまった土岐は、綺麗で真面目で頭がよく、トラブル処理も難なくこなす遠賀との関係を大切に育ててきました。プロポーズしたいくらい好きになった相手の気持ちがわからないがために、少しずつ間を詰めていくくらいしかできない土岐の、初恋のように臆病な行動に苦笑します。
自分の欲求を外に出せないまま大人になった遠賀と、経験豊富な割りに本当の恋は初めての土岐。お互いの空洞を埋めるまでのお話ですが、お店の経営のこととか、親に捨てられた子供の考えることとか、本筋以外のところでもおもしろかったり考えさせられたりしてよかったです。
火崎さんの作品には、格言的なものが良く出てきますが、今回は『過ぎた恋を、女は角を曲がれば忘れてしまうが、男は真っすぐに進みながら何度も後ろを振り向いてしまう』(恋愛に関しては、女より男の方が弱く、男の方が未練がましいんだそうな。)と、『キスは恋の最初の一段目だと思う。そこから全てが始まって、それが全てではないがなくてはならないもの』(土岐が色、恋に不慣れな遠賀にキスをしながら考えたこと。)のふたつが印象に残りました。
何が一番良かったかと言えば、やっぱり、土岐が中学生のようにオロオログルグルしているところでしょうか。大人なので、思い切ったときには大変男前なところもまた魅力的です。